「国際協力機構(JICA)主催の国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト06で、上伊那農業高校の生物工学科2年サヤミルナさん(17)=駒ヶ根市=が入選、同校が特別学校賞を受賞した。20日、同校で受賞式があった」(伊那毎日新聞ウェブサイト, 2007/2/21)。


サヤミさんは「ネパールを訪れて感じたこと」と題して、昨年夏の訪問を書いた。父がネパール人、母が日本人で日本で育った。父の話や半分はネパール人ということから、旅行者には見えない現実を知ること、現地語で現地の人と語る大切さに気づいたことなどを書いたという。


(社)日本ネパール協会会報No.199に、ハルカ=グルンさんの追悼文が掲載された(「追悼:ネパール山岳民族の“王”、Dr. ハルカ・グルン」神原達)。

この追悼文によると、ハルカ=グルンさんは、ネパール山岳民族の「王」に祭られていたという。

ネパールの山岳民族は多くの共通点をもっているところから、何らかの一致団結する動きをみせているという。その山岳民族には、グルン族、ライ族、リンブー族、マガール族、タマン族、タカリ族、シェルパ族などがいる。

ネパールあるいはヒマラヤの山岳民族は、自らのアイデンティティーをもとめて様々な動きをしており、ジャナジャティの問題といわれている。

ヒマラヤ中間山地でくらす山岳民族は、バフンやチェットリといった純粋なヒンドゥー教徒とは相容れないが、山岳民族同士では相通じることは私もよく知っている。

上記の山岳民族は、ヒマラヤ山脈中軸部でくらす先住民族であり、その自然環境がよく似ていることから、暮らしぶりもよく似ている。ヒマラヤ山脈は東西に長くのびており、同じ自然環境あるいは風土をもつ地域がほそく長く帯状にのびている。したがって、ヒマラヤでくらす人々は、南北方向(縦)よりも東西方向(横)で共通点を多く持っており、横の人同士でおたがいに共感しあっている。


ブッダ生誕の地・ルンビニはネパール領にある。


ルンビニ遺跡(北緯27度28分、東経83度40分)は長い間、ジャングルの密林に埋没して知られることはなかった。そのため、西洋の学者の中にはブッダ太陽神話説を唱え、その歴史上の人物としての信憑性を疑うものもいた。1896年、英領インドの考古学者 A.A.フユーラーとネパール人カドガ=シャムセルにより、アショーカ石柱が発見され、その碑文の解読により、この地がブッダ生誕の地であることが明らかにされた」(日本ネパール協会会報 No.199,p10-11「ブッダの故郷」)。


約30年前から、国連の指導・協力のもと、ルンビニの開発が開始された。20以上の仏教寺院、国際仏教研究所、博物館、法華クラブ等の宿泊施設、インフラ整備、マヤ堂復興などがおこなわれてきたという。

私は、2000年6月におとずれた。その後の発展をたしかめに行きたい。


2006年、日本とネパールは国交樹立50周年をむかえ、様々な記念イベントが開催された。

(社)日本ネパール協会の会報 No.199「ネパール・イン・カンサイ」(p.5)によると、日本とネパールのかかわりの歴史は以下の通りである。

  • 1988年 川口慧海(かわぐちえかい)がネパールに入国
  • 1902年 ネパール人留学生が来日
  • 1952年 西堀栄三郎がヒマラヤ登山の折衝、マナスル登山計画の日本山岳会への移管、今西錦司・中尾佐助による探検調査、第1次マナスル登山隊科学班の中尾佐助・川喜田二郎による探検調査
  • 1956年 マナスル初登頂(今西寿雄とギャルツェン=ノルブが登頂をはたす)、日ネ国交樹立
  • 1958年 ラム=クリシュナ=ヴァルマが天理大学に留学
  • 1960年 マヘンドラ国王が日本公式訪問
  • 1967年 ビレンドラ皇太子が東京大学に留学
  • 1968年 初の駐ネパール大使として、吉良秀通大使が赴任
  • 1970年 万国博覧会が大阪でひらかれ、ネパール館が人気をあつめた
  • 1990年 花と緑の博覧会が大阪でひらかれ、ネパール館を開館した
  • 1991年 「カトマンズ渓谷 救おう人類の文化遺産」(ユネスコのフォーラム)が大阪で開催
  • 1994年 ロイヤル・ネパール航空直行便が開通
  • 2001年 ディペンドラ皇太子が入洛



国際協力NGOセンター(JANIC)が運営するウェブサイト「NGOサポート募金」がリニューアルされることになった。

そのために、(特活)ヒマラヤ保全協会も団体と活動を紹介する原稿と写真をJANICに提出した。以下にそれらを掲載する。


1.ひとことキャッチコピー
 ヒマラヤの自然を守り、村人を支援します!

2.団体紹介要約文
 ネパール・ヒマラヤにおいて、自然環境の保全、村人の生活改善、地域の活性化をすすめている国際協力NGOです。人々が主体的に参画することで、学びあい成長できる場をつくりだしています。

3.団体紹介文
 ヒマラヤ保全協会は、ネパール・ヒマラヤにおいて、自然環境の保全、村人の生活改善、地域の活性化をすすめている国際協力NGOです。関係者が主体的に参画することで、共に学びあい成長できる場をつくりだしています。その活動は、

(1) 森林保全を中心とした環境保全活動:村人の生活に役立つ「生活林」をつくりだしながら、ヒマラヤの自然環境を保全しています。また、生活廃棄物処理プロジェクトもおこなっています。

(2) 生活改善活動:飲料水の供給、収入向上プロジェクトなどにより村人の貧しい暮らしを改善しています。

(3) 教育支援:貧しい小学生に奨学金を支給し、子供たちの成長を助けています。ネパールには貧しくて学校に行けなくなる子供たちがたくさんいます。また、校舎の補修や教材支給もおこなっています。 

4.サイト閲覧者(寄付者)へのメッセージ
 ヒマラヤ保全協会は、ネパール・ヒマラヤの人々と共に学びあいながら、自然と人間の共生をめざして、日々活動をつづけています。世界の屋根・ヒマラヤの大自然を守るために、また、そこで暮らす貧しい人々を支援するために、ご協力を是非お願いします!

5.主な活動対象国:ネパール
  主な活動対象者:ネパールの一般住民、日本の一般市民
  主な活動分野:環境保全、生活改善、地域活性化



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写真1:種から苗木を育てる


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写真2:村人と共に植林を進める


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写真3:奨学金を受ける子供たち




「UCC上島珈琲株式会社(本社/神戸市、資本金/49億6千万円、社長/上島達司)は、主力インスタントコーヒー製品「THE BLEND(ザ・ブレンド)」シリーズの新たなラインアップとして、希少性の高いネパール産コーヒー豆をブレンドした『UCC THE BLEND エベレストマウンテンブレンド 瓶50g』と『UCC カップコーヒー THE BLEND エベレストマウンテンブレンド 2P』を3月5日(月)から全国で新発売する」(NIKKEI NET,2007/2/19)


ネパールのコーヒー栽培は、独立行政法人国際協力機構(JICA)の「草の根技術支援」の協力などによってスタートし、現在では、同国の貧しい子供たちが教育を受けられる環境を確保するための大切な産業に育ちつつある。その収穫量はまだ僅かなものの、ようやく日本への供給が可能になったという。

同サイトによると、ネパール産コーヒーは、コーヒー栽培に適していると一般的に言われる、赤道を挟んだ南北緯25度の地域(通称:コーヒーベルト)から少し離れた北緯26~30度の地域で栽培されている。コーヒー栽培の歴史は浅く今から30年前から始まったとされているが、本格的な栽培は7~8年前からである。ヒマラヤの一帯で収穫されるこのコーヒーは雪解け水で精製されるアラビカ種で、澄み切った味わいが特長のプレミアムコーヒーだという。

是非あじわってみたい一品である。


10年前にくらべるとトレッキングに参加する人は増えているという(東京新聞ウェブサイト, 2007/2/19)。

ネパールへの日本人入国者は、199年の約四万人から政情不安のため2002年には2万人に減少。ここ数年は約3万人前後で推移している。それでも「入国者の4分の一はトレッキング目的」(ネパール政府観光局)という。

トレッキングは、無理をせず余裕をもって楽しみたいものである。


「ネパールの旧反政府勢力、共産党毛沢東主義派の武装解除を監視している国連ネパール支援団(UNMIN)のスポークスマンは18日、毛派の武装解除のための武器・兵力登録作業が完了したことを明らかにした」(時事通信社ウェブサイト, 2007/2/19)。

ネパール政府と毛派の昨年11月の合意によれば、毛派の武器はすべて登録され国連監視下の保管庫に移されるほか、同派兵士は全国7地区にあるキャンプに分散して待機することになっているという。毛派の武器と兵士の登録作業が17日、7地区すべてで完了したという。

ネパールの和平がこのまますすんでいくことを期待したい。


「カトマンズは人口約70万人のこぢんまりとした街」(asahi.com, 2007/2/15)。

街の周回道路の東に出ると、すぐに田園風景が広がる。車を走らせていると、獅子の形の置物を軒先に並べた家を見つけた。中ではヌチェさん(67)が、ろくろを回していたという。

ヌチェさん一家はこの地域一帯に約1000世帯いるという陶工の家系に属しており、素焼きの獅子はよく見ると、植木鉢だった。装飾を施した大小の鉢が並ぶ。市内で市民や観光客向けに売られるほか、海外にも輸出されているという。


2007年2月14日、「ネパールの首都カトマンズで14日、63年ぶりに雪が降り、カトマンズ盆地を囲む山々が白く雪化粧した」(四国新聞社ウェブサイト)。気象当局によると、西からの低気圧の影響で数日間、雨が続いていたが、寒気が流れ込んで雪に変わった。ネパールはヒマラヤ山脈の一角にあるが、冬季も比較的暖かく、首都の降雪は1944年1月に記録されて以来だという。

ヒマラヤというと雪と氷の世界だとおもっている人がいるが、これは、カトマンズをふくむヒマラヤ中間山地は決してそのような世界ではなく、日本のような温帯気候であることを物語っている。実際、そこにくらしてみると冬は比較的あたたかく、夏は比較的すずしくとても過ごしやすい。先入観をもたないことが大切である。


ヒマラヤ保全協会との関係が深いネパール人、ハルカ=グルンさんが、ヘリコプターの墜落事故で亡くなられた。心より哀悼の意をあらわすとともに、ご冥福をお祈りする。

ハルカ=グルンさんは、英国エジンバラ大学大学院留学中、博士論文の執筆にあたり、ネパール探検家・民族地理学者の川喜田二郎教授(ヒマラヤ保全協会創設者)に意見をもとめた。これが、ヒマラヤ保全協会とのかかわりのはじまりである。その後、当協会がネパール・ヒマラヤで活動をすすめるにあたり、実に有益なご助言を多数くださった。

私は、2001年に、カトマンドゥ、ドゥワリカホテルで川喜田先生とともにお会いし、お話をうかがうことがあった。当時、ユネスコ・カトマンドゥ事務所に娘さんが勤務されており、娘さんにもお会いしたことがある。

以下に、eKantipur.com から記事を引用しておく。地図はいずれも同サイトからの引用である。


main06-9-25
ghunsa

Bad weather, nightfall suspend search for missing chopper; Fate of all 24 passengers still unknown

By DHARMA POUDEL & SURESH NATH NEUPANE

KATHMANDU, Sept 23 - A Shree Airlines helicopter bound for Suketar from Ghunsa, Taplejung, with 24 passengers on board, went missing Saturday morning.

Chief District Officer of Taplejung district, Hem Nath Dawadi said that they had lost contact with the 9AN helicopter this morning at around 9 a.m. while it was returning to Suketar from Ghunsa.

According to Dawadi, State Minister for Forest, Gopal Rai, some foreign embassy officials, senior World Wild Life Fund (WWF) officials and two journalists are among those who were onboard the missing chopper.

Minister Rai and the officials from the WWF had reached Taplejung to attend a function to mark the handing over of the Kanchanjunga Conservation Area to the local community.

Two helicopters of the Nepal Army had been dispatched to search for the missing copter early today but bad weather and nightfall have forced the suspension of all aerial search operations, an official at the Rescue Coordination Centre, Tribhuvan International Airport said.

"It will resume again 5:30 Sunday morning," Bimalesh Lal Karna, the manager of the Rescue Coordination Centre told eKantipur.

Karna added an Air Dynasty helicopter made aerial surveys of the Ghunsa area and is stationed at Ghunsa for the night.

Local Sherpas from Ghunsa told the authorities at Taplejung that the helicopter had taken off at 11: 30 this morning and soon after which they heard a loud noise.

Two groups including NA soldiers on the ground from Lelep and Ghunsa are combing the mountainous area.

The KCA covers an area of 2,035 km sq and it takes two days to reach the remote village of Ghunsa from the district headquarters in Taplejung.

List of persons on board the helicopter:
  1. Mr. Gopal Rai, Minister of State of Forests and Soil Conservation
  2. Mrs.Rai
  3. Dr. Harka Gurung, Advisor, WWF Nepal
  4. Dr. Damodar Parajuli, Acting Secretary – Ministry of State of Forests and Soil Conservation
  5. Mr. Narayan Poudel, Director General of Department of National Parks and Wildlife Conservation
  6. Mr. Sharad Rai, Director General of Department of Forests
  7. Mr. Pauli Mustonnen, Charge d’Affaires, Embassy of Finland (Finnish)
  8. Ms. Margaret Alexander, Dy. Director, USAID (Amercian)
  9. Dr. Bijnan Acharya, Program Dev. Specialist, USAID
  10. Dr. Jill Bowling, Conservation Director, WWF UK (Australian)
  11. Ms. Jennifer Headley, Coordinator, WWF UK (Canadian)
  12. Mr. Mingma Norbu Sherpa, Managing Director, EHEC, WWF US
  13. Matthew Preece, Program Officer, WWF US (Amercian)
  14. Dr. Chandra Gurung, Country Representative, WWF Nepal
  15. Dr. Tirtha Man Maskey, Co-Chair, AsRSG
  16. Mrs. Yeshi Lama, WWF Nepal
  17. Mr. Vijaya Shrestha, Central Committee Member, FNCCI
  18. Mr. Hem Raj Bhandari, Nepal Television
  19. Mr. Sunil Singh, Nepal Television
  20. Mr. Dawa Tshering, Chairperson, KCAMC
  21. Captain Klim Kim (Russian)
  22. Saffron Vallery (Russian)
  23. Mingma Sherpa, Captain
  24. Tandu Shrestha (Crew)

Posted on: 2006-09-23 03:41:49 (Server Time)


Missing chopper found, all 24 passengers dead

By SURESH NATH NEUPANE & RISHAV BASHYAL

KATHMANDU, Sept 25 - The wreckage of the Shree Airlines helicopter that went missing since Saturday morning with 24 high profile passengers on board has been found two kilometres south west of Ghunsa, Taplejung district, CAAN Monday confirmed. All 24 people onboard were found dead.

The chopper was located at a site 1 nautical mile, 1.8 kilometres (1.15 miles) south-west of Ghunsa by WWF Nepal and the Himalayan Mountain Rescue Association team.

On Sunday, a Nepal Army helicopter had dropped seven people -- five rescuers and two WWF officials -- at Gyalba, some two-hours away by foot from Ghunsa, the most accessible place near the presumed crash site of the chopper.

The same team, at 1:00 pm today discovered the wreckage along with the bodies of the 24 passengers, said Himesh Lal Karna, the manager of the Rescue Coordination Centre.

The seven Nepali and 17 foreign nationals aboard the chopper included the State Minister for Forest and Soil Conservation Gopal Rai, his wife, some foreign embassy officials, senior World Wild Life Fund (WWF) officials, conservation officials from Nepal and two journalists.

According to the information given to the Suketar Airport tower by the team follow



2007年1月より、ナショナル・ジオグラフィック誌は、シリーズ企画「地球の悲鳴」を開始した。地球環境が今どんな危機にさらされているのか、それに対してどんな手立てを講じていくのかを、日本をふくめ世界各地から報告するという。

その第1回として、休息に破壊の進むアマゾンの熱帯雨林がとりあげられた(注)。


ブラジル・アマゾンの熱帯雨林は、この40年間に20%近くが消失した。今後20年間にさらに20%が失われるとみられ、そうなれば森林の生態系は崩壊する。


業者は森林伐採のために道路をつくり、森林が伐採しつくされ業者がいなくなると、土地を不法に占拠しようとする人々が入りこみ、さらに破壊がすすんでいく。そして、そこは放牧地や農耕地に変わっていくという。

ドロシー=スタング修道女は、森林保護と労働者の支援に情熱をかたむけたが、森林伐採を止めようとして、2005年に悪徳業者のやとった用心棒の凶弾にたおれた。

森林破壊に歯止めがかかることはない。



▼ 注
地球の悲鳴「アマゾン崩壊 消えてゆく世界最大の熱帯雨林」ナショナル・ジオグラフィック日本語版2007年1月号, 40-71ページ。


asahi.com の国際ページでは「アジアの街角」と題してアジア各国の街角の様子を紹介している。たとえば2007/02/14では、「モモ」の屋台 ネパール・カトマンズが紹介された。


市中心部のマカン地区で、大きな鍋の屋台を見つけた。ふたを開けると、ムワッと湯気が立ち上る。中身はギョーザ。ネパールでは「モモ」と呼ばれ、チベット地方の由来と言われる庶民的な料理だ。 ネパールギョーザ「モモ」の屋台

モモの皮に具を手際よく包んでいくペマさん(20)、テンバさん(15)姉妹もチベット系。カトマンズから北西400キロの村の出身だ。店を開けるのは毎日午後4時。テンバさんは通学する高校が終わった後に夜まで働く。

もちもちした皮の中の具は水牛の肉とネギなど。トマトや唐辛子で作るたれをかける。1皿10個入りで20ネパールルピー(約35円)。1日30~40皿売れる。気温が1けた台に下がる冬は特に人気だ。

話を聞いていると、屋台の周りに、貧しいストリートチルドレンたちが集まって来た。「将来はお金をためて孤児の支援をしたいの」。テンバさんは子供たちを見つめながら語った。


政治・経済の話題だけでなく、街角の庶民の生活にも注目しながらアジアを理解していきたいものである。


「国立民族学博物館で30余年、世界の山岳地域を研究してきた著者が、定年を前にこれまでの調査研究の成果をまとめた」(日経ネット関西版2004/02/10)。

1978年、日本初のペルー・アンデスへの民族学調査団に参加、標高4000メートルの高地で暮らす理由を聞くと、人々は「蚊や蛇がいない。変な病気もないから」と答えたという。

91 年にはネパール・ヒマラヤを調査、アンデスと同じ階段耕地で麦やジャガイモが栽培されていた。アンデスの階段耕地はインカ帝国が建設した精巧な石壁だったが、ヒマラヤは土の斜面を切り取っただけだったそうだ。

高地に暮らす人々の多様な暮らしが伝わってくる。(ナカニシヤ出版、2600円=税抜き)



「Googleアラート」を作成しておくと、ほしいニュースが毎日簡単にひろえる。たとえば、検索用語として「ネパール」あるいは「ヒマラヤ」を入力し、タイプはニュース、ウェブにしてアラートを作成しておけばよい。必要なニュースは随時ブログにアップしていけばデータベースができあがる。


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